ビオトープ造成の現状と石川県内での実例紹介
(「河北潟総合研究」vol.3 1999年より)

高橋 久

河北潟湖沼研究所生物委員会
〒920-0051石川県金沢市二口町ハ58

要約: 現在各地で盛んに取り組まれているビオトープづくりの本質と問題点について考察した.また,石川県内につくられているビオトープ・ビオガーデン・多自然型川づくりについて紹介し,それぞれの特徴と問題点を指摘した.併せて,筆者らの試みている水辺ビオトープ実験池について紹介した.

キーワード:ビオトープ,創造型ビオトープ,多自然型川づくり,石川県,施工事例

はじめに
 都市化が進行し,自然的価値の高い環境が人々の生活範囲から減少するにしたがって,身近な自然を守ろうという気運は高まってきている.公共事業においてもこれまでのように開発優先の姿勢から「環境に配慮した」事業が求められるようになっている.こうした背景もあり,最近では何らかの開発行為に対しての代償的措置として,自然復元の空間を併設する傾向がみられる.また,水辺公園など,もともと自然的環境を造成する目的から公共事業が行われる場合も見受けられる.
 こうした造成が行われる場合に,「ビオトープ」という言葉が1990年代半ば頃から頻繁に使われるようになった.最近では各地で盛んにビオトープづくりが取り組まれている.また,河川改修にともなった自然復元を試みる傾向もあり,そうした取り組みを建設省では「多自然型川づくり」と命名している.
  多自然型川づくりは現在,建設省が推奨する河川改修の方法である.1997年の河川法改正により,今後国が行う河川管理の目的の一つに「河川環境の整備と保全」が位置づけられることとなった(建設省,1997年).また,第9次治水事業五箇年計画(案)においては,自然豊かな川づくりを本格的に推進するため,これまでパイロット事業として進めてきた多自然型川づくりをすべての河川を対象とすることに方針が転換された(建設省,1997年).
 これらの新しい試みは,野生生物保全という観点からは評価できるものであるが,実際の運用については問題のある場合がみられる.これまでの造成例をみる限り,玉石混淆の状態である.本論では,現在までのビオトープづくりと多自然型川づくりの問題点を整理するとともに,石川県におけるいくつかの事例を報告したい.加えて最後に,筆者らが取り組んでいる河北潟干拓地水辺ビオトープ実験池について触れる.

ビオトープとは
 野生生物の生息場所を示すドイツ語(BIOTOP)で,ある程度の景観的なまとまりをもち,野生生物が十分に生息可能な空間を意味している.池沼,湿地,草地,雑木林などや,具体的には河畔林,谷津田,社叢,屋敷林などもビオトープの単位と考えられる.生態学で用いられているecosystemやhabitatといった生物の生息環境を指す言葉が個体や種を中心として用いられるのに対しbiotopは群集あるいは生物相を視野においたものである(沼田,1993).biotop概念の定義についてはいくつかあるがBlab(1997)によると「有機的に結びついた生物群すなわち生物社会(一定の組み合わせの種によって構成される生物群集)の生息空間.最低限の面積を持ち,周辺空間から明確に区別できるまとまり(均一に近い状態)を示しているもの」とされる.景観を伴うことにより具体的であり,また,「「特定の」ビオトープは,人工化 された地域内では,「斑点状」に残されている狭小な自然空間であ」(杉山,1993)ることから,保全・復元の対象として取り上げやすいことが,ビオトープという用語が最近頻繁に使われるようになった背景であると考えられる.
 一方,杉山(1993)は,ビオトープという概念が「我が国で一般化されるにつれ,さらに特殊化,おそらくは矮小化されてゆくことを筆者は危惧を抱くものである」と述べているが,その後のビオトープをめぐる状況は彼の危惧が杞憂でなかったことを示す結果となっている.このことについて,日本に導入されたビオトープの概念を整理しながら述べていきたい.
 池谷(1993)は,ビオトープを保全型ビオトープ,復元型ビオトープ,創造型ビオトープの3つのタイプに便宜的に分類している.
 保全型ビオトープとは,もともと存在する良好な自然環境のことで,こうした環境を保全しようとする場合に用いている.本来のビオトープともいうべきものである.
 復元型ビオトープとは,本来良好な自然環境が存在した場所に,もともとあったタイプの環境を復元することであり,一度埋め立てられた池を再び掘り返し,植生や水生動物を生育させるような場合に用いる.また,大規模な開発において失われた環境の一部を,同じ場所に部分的に再現したような場合も復元型ビオトープの例と考えられる.最近多くの河川改修で多自然型川づくりの考え方が導入されているが,これも本来は復元型ビオトープの一つとして加えられるべきものである.
 創造型ビオトープとは,すでに自然環境が失われて久しい場所や,周辺の開発が進み野生生物の絶滅が進行しつつある環境において,新たに自然的空間を造成する場合を指している.本来あくまで,野生生物の生息場所を確保し,本来そこに生息していた野生生物を呼び戻すことを目的としたものである.現在,ビオトープが盛んに取り上げられるようになったが,多くの場合この狭義の創造型ビオトープを単にビオトープと呼んでいる場合が多くみられる.また,日本の様々な場所でビオトープの造成が行われているが,多くのビオトープはこの創造型ビオトープに属するものである.トンボ公園,自然観察園,多目的遊水池,ホタルの里,学校ビオトープなどいろいろな名称の創造型ビオトープが建設されている.
 最近創造型ビオトープが大きく取り上げられることとなり,ビオトープ概念に対する混乱が一部にみられる.ビオトープ=造園といった考え方はその最たるものである.

創造型ビオトープの問題点
 創造型ビオトープの中には,いくつか先進的な取り組みもあり,自然環境復元という観点から十分評価できるものもあるが,実状をみる限り,本来のビオトープの考え方からは評価できないものも多く存在している.それは以下のようないくつかの問題に集約される.
1) 野生生物の生育場所を復元する観点が欠如している.
 ビオトープは本来,野生生物が生息するための空間であるが,人の利用を前提して,野生生物の進入が困難となるような造成を行っている場合がみられる.また,本来その土地に生育する植物と競合する外来種を植裁したり,外来種が進入しやすい環境をつくったりしている例が見受けられる.
2) 本来の良好な環境を壊して新しい環境を造成する.
 ビオトープを造るという事が優先してしまい,極端な場合はもともとそこに優れた自然環境が存在しているのにもかかわらず,それを壊して人工的で劣悪な環境をつくり出している場合も見受けられる.
3) 自然状態では存在し得ない環境を復元しようとする.
 台地の上に池を造ったり,平地に渓流を造成したりと,地形および地理的にみて存在し得ない不自然な環境を造成する場合がみられる.こうした場合,ゴムシートなどの人工物を多用したり,人工的なエネルギーを必要とする場合もある.また,こうした不自然な環境は維持するのが難しく,遷移の過程で意図したものとは全く異なる状態になってしまう場合もある.
 こうした問題は事業者がビオトープについての知識が不足している事から計画段階で起こっている場合が多くみられる.また,計画段階においてはビオトープの概念が十分に取り入れられている場合でも,施工業者が計画概念を理解していなかったり,ビオトープ造成の技法に熟練していないために,問題が起こる場合もある.
 ビオトープ造成を成功させるためには,計画,設計,施工の各段階において高い専門性を必要とする.

ビオトープを造成する上で必要なこと
 ビオトープを造成する上でいくつかの重要な点として以下のことが考えられる.
1) すでに存在している自然環境の質を低下させないこと
 ビオトープを造成するにあたって最低限必要なことは,もともとあった環境を劣化させるのものであってはならないということと,周辺の野生生物への負のインパクトをできるだけ少なくするということである.本来のビオトープの考え方に立てば,このことを達成できなければビオトープをつくる意味がないといえる.この評価のために,現地の十分な事前調査と造成後のモニタリングを行う必要がある.
2) 本来あるべき環境を復元する
 地形の形状や原植生の観点から,もともとその場所にどのような環境が存在したのか,どのような環境を創造するのがふさわしいのかを十分に検討する必要がある.また,生物群集と環境との相互作用を十分に理解し,造成後の環境の変化を前提にした造成が必要である.
3) ネットワークの観点を持つ
 野生生物を呼び戻すことがビオトープ造成の目的であり,そのためには他のビオトープとの連携が重要となる.周辺に自然のビオトープがどのように存在しているのか,今後他のビオトープ造成の計画がどうなっているのかなどを検討し,当面するビオトープ造成のみでなく,広い地域においての自然環境復元の観点をもつことが求められる.ビオトープのネットワーク化を考える上では,広域的,長期的視野に立って計画的に取り組める組織の枠組みが必要である.その際には行政機関の役割は重要となるが,どうしてもそれぞれの所轄する枠にとらわれがちになることから,地域の環境NGOなどと連携して取り組むことが求められる.

多自然型川づくり
 多自然型川づくりのもともとの概念はドイツやスイスで行われている近自然工法の概念をもとにしている.近自然工法の考え方を導入した初期においては,その概念が十分に浸透していなかったことから,様々な問題点が指摘された(例えば大熊,1994).特に問題点として挙げられるのは,多自然型川づくりの本来の目的が,川の生態系を復元することにある点が欠落していて,人間の側からみた親水性や景観を重視した構造が目につくことである.自然石を真似たコンクリートブロックや,日本庭園風に巨石を配置し,それらをコンクリートで固めたものなどがある.最近では,伝統的河川工法が注目されるようになり,非コンクリート素材を積極的に利用した工法もみられるようになってきたことなど,取り組みに変化が起こりつつあり,こうした傾向は評価に値する.

ビオガーデン
 最近「ビオガーデン」という用語が使われるようになってきた.これは,ドイツ語と英語からなる造語であるが,本来のビオトープと区別してつくられた新称である.杉山(1998)によれば「自然の要素を取り入れた庭園」の意味で,ビオトープが「完全に野生生物の利益のみを想定したもので,人間の利用面は考えない」のに対して,ビオガーデンは「人間がそれを美しいと感じ,また,有害な生物を含まない(排除してもよい),しかし,できるだけ自然の要素をとり入れ,生態系が十分成立できるようなもの」としている.ここでの有害な生物とは人間にとって「有害」なものという意味である.
 ドイツではビオガルテン(Biogarten)やクラインガルテン(Kleingarten)といったものがあり,郊外の美しい風景の一つの重要な要素となっている.ドイツでのこうした取り組みは,一般市民によって手づくりでおこなわれてきたものである.それぞれの個性的で小さな庭園が数多く並ぶことによって,全体として多様性が発揮されている.一方,日本で現在つくられているビオガーデンは,ほとんどが公共事業である.比較的大規模な日本のビオガーデンは建設・造園業者により商業ベースで行われているため,画一的,機械的,単純といったものになりがちである.市民に根づいたものと上から押しつけたものとの違いを感じざるを得ない.「市民がそこに含まれる自然要素に次第に慣れ,さらにその拡大を望むようになる」(杉山,1988)ことをビオガーデンに期待するのであれば,今後市民レベルでの手づくりのビオガーデンづくりが進むことが求められる.
 またビオガーデンに関連して,ドイツ型のビオトープ概念を持ち込むことの問題点を指摘しておきたい.最近では建設会社や造園業者によるドイツ等へのビオトープ研修が盛んである.ドイツの環境先進都市フライブルグは特に日本からの視察の多い場所である(環境教育を考える会,1998).筆者もフライブルグをはじめドイツのいくつかのビオトープを視察したが,ドイツにおいては,都市中心部の公園であっても生け垣の中は雑草がが茂るままになっているような場所をよく見かけた.また郊外の跨線橋の法面に樹木が林立しているのも確認した.これらの場所は,確かに政策的に手を入れない場所であろうが,本質的には単に除草管理を行っていないだけであるように見えた.ドイツの寒冷で乾燥した気候では,雑草は繁茂するままになっていても,それほど見苦しい印象は与えない.日本の湿潤で温暖な気候とは植生の繁茂する勢いがかなり異なっている.ドイツ流の方法は,日本では単純に取り入れることはできない.人間の生活空間と接する場所にビオトープやビオガーデンを造成する場合には,日本の気候にあった造成や管理手法を確立する必要があり,少なくともヨーロッパでの研修を実績とすることは間違いである.

石川県内での事例
 石川県内においても様々なビオトープや多自然型川づくりの事例がみられる.県内のいくつかの事例を紹介し,それぞれの評価を行うことにより,現在のビオトープ,多自然型川づくりの到達点を評価したい.なお評価の基準のとしては,その施設の目的に対しての達成度を基準とすることとし,目的を達成する上でもともとの自然への負のインパクトを与えている場合はマイナス評価とすることとした.当初予想していなかった成果についてはプラスの評価とした.

1)犀川大豆田河川敷(金沢市)
 犀川JR鉄橋より下流側大豆田大橋までの区間で,多自然型川づくりの取り組みがおこなわれている.数種の複合的な工法が取り入れられている.県内の多自然型川づくりにおいては先進的な事例であり評価できる点も多いが,先駆的であるが故に典型的な欠点を指摘しやすい事例である.なおこの事業に関しては,雨坪(1995)が紹介している.
 評価できる工法としては,第一に,全面魚道を伴う落差工が挙げられる.ここでは,河床の低下に伴って床固工と落差工が施されているが,緩やかな傾斜から成る段差であり,下部には全面淵(S型の淵)を伴い,魚類の生息及び移動を十分に考慮した優れた構造といえる.河川中心部から両岸に向かい緩やかに流れ落ちるために,様々な運動能力の魚類に対応している.また,大きな全面淵は渇水時も枯渇することがないため,魚類の避難場所となっている.
 次に天然石を使用した人工ワンド(2タイプ)が挙げられる.このワンドには施工後1?2年は魚影はほとんどみられなかったが,97年頃には魚影を確認できるようになった.しかし河川の自己形成作用を考慮していないために,現在では多くのワンドが埋まってしまっている.ところが,予期せぬ植生の定着の足掛かりとなり,現在ではヤナギ類が繁茂して河辺植生の復元に貢献している.
 問題点としては,高水敷及び水際の形状が挙げられる.施工区内は比較的広い高水敷を持つにもかかわらず,多自然型川づくりの対象とはされず,人工化されている.水際には自然石をはめ込んであるが,結局のところコンクリート護岸であるため,水際植生が生育できる構造にはなっていない.またこの自然石の水辺が平水時の水面下に配置してあるのであれば,魚類の産卵床等としての役割が期待できるが,水面から常に露出した部分に設置されているために,多自然工法としての意味は全くない.たぶん施工段階で高価な自然石を目につきやすい位置に配置するために,変更されたものであろうと想像している.
 大豆田大橋より下流部の区域も多自然型川づくりの区間となっているが,この区間は河床幅が広いにも関わらず単純な平坦な河床となっているために,夏季の減水時に枯渇が起こりやすい.この区間は大豆田大橋上流より早く改修がおこなわれたために工法の未熟さが感じられる.筆者らが確認した例では,1996年7月19日に水量の極端な減少と炎天により,河床の浅い流れの水温が上昇し,生息する魚類が大量に死亡した.この日の夕刻,若宮大橋?大豆田大橋間で,カジカ40匹,カマキリ2匹,ヨシノボリ類10匹,アユ3匹,コイ1匹,カマツカ2匹の死体を確認した.
 工事区間は犀川下流部においては現在もっとも河川敷が広い区間である.もともと優れた河川環境であったと考えられ,河川改修により人工化が進行したのは否定できない.河川改修の第一の目的は治水にあるとしても,優れた環境条件を備えている場所を改修する際は,環境を悪化させないための綿密な計画を立てる必要がある.この工事区間の下流部は現在のところ大規模な河川改修が行われていないこともあり多くの野鳥も確認される,市街地で唯一の河辺林を有する自然のビオトープ(高橋,1998)である.この自然のビオトープを壊して人工のビオトープをつくることの無いよう警告しておきたい.

2)大聖寺川(加賀市)
 狭い河川敷を利用しての多自然型工法の例として,取り上げることができる.石川県大聖寺土木事務所が事業主体となり,1994年?7年にかけて実施された.
 この事業は,市街地を流れる小河川の改良でありもともと限界がある中で造成されているもので,制限された条件の下で,緩やかな傾斜の護岸を施したり,水際に植生を配置し,また水際からの高さに合わせて植生に変化を持たせていることは評価できる.現地を概観した限りでは,人工化された河川の中でどのような自然を復元しようとしたのかのコンセプトが不明瞭に感じられた.また,植裁種の選定には園芸植物を用いている点や,工事にあたりもともとのヨシ原を破壊している点などは,ビオトープとしてみた場合には評価できない.基本コンセプトしては,自然河川復元ではなく,親水空間創出の意図が大きいものと判断される.

3)伏見川・高橋川(金沢市)
 両岸をコンクリートで護岸された都市河川における多自然型川づくりの挑戦ともいえる事例である.人工化された河川での限定された条件のもとでの可能な手法を用いて,自然的河川創造を行った点は評価に値する.本来の川原の部分は失われているため,河床部分を改良し,人工的な川岸や中洲,ワンド(淵)を造成している.
 問題点としては,水際線に丸太を使ったことにより移行帯を創出できていないこと,またこのことによりかなり人工的な印象を与えるものとなっていることを指摘できる.
 もともと平坦な河床に人工物を構築したために,植物にとっての根掛かりができ,そこから群落が構成されている.植生の復元に効果があったとみることもできるが,平坦化された河床に植生が発達する場合には単純なヨシ群落となることが多く,今回の工法により多様性のある植生が構成された場合には,改良の成果とすることができるが,今のところそうした傾向はうかがえない.

4)永光寺川(羽咋市)
 石川県により1990年?97年に実施された.現在この区間の上流部で工事が行われている.この工事に関しては,西道(1999)により事業者側からの報告がなされている.この事業は,砂防事業であり,1985年の大規模な土石流災害の発生を受けて取り組まれてきたものである.基本的には急竣な斜面を流れる渓流を階段式の三面張り護岸にしたものであるが,全域にわたり大型の自然石を張り付ける工法を採用しているために,建設省の「水と緑の砂防モデル事業」にも採択されている.自然石を底面に配置することにより,流れの多様性が生みだされ,生物の生息空間ともなり,工事後の土砂の再堆積も速やかに起こっている.底面だけみた場合には,自然の上流部河川に近いが,全体的には瀬のみで淵がなく段差の大きい階段状になっているために魚類の遡上は困難である.また,水辺の陸域を整備したために,それまで川を覆っていた樹冠部が少なくなり,空間の解放性が増し,渓流性のサンショウウオなどには不適当な環境となった.側面植生には芝を植えてあるが,もともとの水際植生からは評価できない.また,コンクリートにより固めすぎたために再自然化・遷移の進行の障害となっている.もともと山地から浸みだした清浄な水が,樹林の中を流れているすぐれた渓流であり,工事により自然環境としての質は低下したといえる.ただし砂防工事としての必要性を認めた場合には,これまでの工法に比べれば先駆的な事業であったということができる.

5)後世川(鶴来町)
 後世川通常砂防(都市)工事として平成7年5月完成したものである.事業主体は石川県で,砂防工事の一環として行われた多自然型の河川改修事業である.テーマパークであるパーク獅子吼敷地内に流れ込む渓流の一部(125m)区間を改修している.最下流部は公園として主に親水的機能を持たせた庭園風の構造となっているが,上流部は砂防工事の一環として多自然型川づくりを実施している.側面は自然石をコンクリートで張り付けた護岸であるが,底面は自然状態を残している.また,落差工は自然石を有効に使い,小さな段差を繰り返す構造となっている.植生が定着しやすい余地を残した構造となっている.工事区域の下流部はキャンプ場と併設された水辺スペースを伴い,親水性と多自然型護岸を兼ね備えている.
 落差工の段差が大きいなどの改良の余地はあるが,従来の砂防工事と比較すれば,比較的良好な設計となっていると考えられる.一部木材を使った土固工もあり,非コンクリート素材が有効に使われているといえる.テーマパークの一部と重なることから下流部は親水性を考慮した設計となっているが,キャンプ地の炊事場から水辺に続く構造はキャンプ場利用者が水辺に近づくのに自然な設計となっている.水辺も水生昆虫などを観察することができるような工夫がされており,よく考慮された設計ということができる.

6)瑞木団地ビオガーデン(金沢市)
 大規模な宅地造成に伴って,造成地内に比較的広大なビオトープ的庭園を造成したものである.構造的にみて団地住民の親水空間とすることを前提に野生生物との接点を模索しているものと思われる.この造成によって水田環境は失われたが,比較的多様性のある親水環境が創造された.
 水辺構造からは,考慮された設計概念と高度な設計技術が感じられるが,植裁においては問題点が多い.たとえばこの施設には現在産地不明のコウホネが植裁されているが,白井(1999)によると,河北潟周辺にはコウホネの自生地は1カ所しか確認されていない.こうした地域的な希少種の地域外からの持ち込みは,地域個体群への攪乱の原因となることもあり,きわめて慎重に行われるべきである.現在,このコウホネの由来を事業者に問い合わせ中であるが現時点では不明である.これは通常,設計業者→施工業者→造園業者→種苗業者という数段階を経て植裁が行われるためであり,種苗業者が通常扱わない種類の場合は,個人レベルの種苗提供者にまでにまでさかのぼる場合があることが予想される.こうした場合,ビオトープの設計概念は設計業者レベルでは明確であっても,段階を経るに従いそうした概念は失われていく.業者による植生を前提とした場合に,ビオトープの植裁に責任をもてるような体制は現在の事業形態では存在していないということができる.今後植裁を伴うビオトープ造成を行う場合には,最終的な植裁段階までに責任をもてる体制を確立する必要があることを示している事例といえる.

7)田鶴浜野鳥公園(田鶴浜町)
 田鶴浜町鶴尾尻につくられた自然型公園.開園は1998年であるが,現在も部分的に改良工事が続けられている.事業者は石川県七尾農林総合事務所土地改良部である.周辺のほ場整備事業に伴う環境改変の代替措置として造成された.野鳥の宝庫である七尾西湾の特徴を生かした公園をつくる立場で綿密に計画されたものである.公園の設計にあたっては,ビオトープ概念に基づいて野鳥の生息環境であることを徹底して設計された.環境教育の施設としての位置づけもあり,野鳥観察ハイドまでの道のりに里山の環境を疑似体験するのためのプログラムが組み込まれている.
 この施設においては現在,野鳥の飛来と生物の定着をモニタリングするために長期的な調査を実施している.継続的な調査は,ビオトープ造成の成功度を評価する上で重要で,また,そのデータは今後のビオトープ造成の参考資料となるものであり,他の施設においてもこうした調査の実施が望まれる.
 設計概念においては様々の先進的な要素が盛り込まれているが,施工段階での設計概念の不理解や実際の施工技術の未定着という問題は拭えず,施工段階における様々な失敗も経験している.そのため,開園後も部分的な改良工事を実施しすることとなった.今後のビオトープ造成の際にこうした経験が活かされることが期待される.

8)河北潟干拓地ビオトープ実験池(内灘町)
 筆者らが1998年より造成を始めたミニビオトープである.河北潟干拓地内に造成された直径20mほどの池である.
 このビオトープは2つの目的を持っている.一つはかつての河北潟の湖岸風景を再現することである.もう一つは河北潟に残る水生植物の種と系統を保存することである.
 河北潟には,かつては広大な潟とともに,フゴとよばれる窪地状の湿地や,四方に張り巡らされた水路,湿田など,周辺に多様な湿地が存在していた.このビオトープはかつて存在した多様な水域を意識して造成している.ほとんど手作業により造成したことで,土地の条件を活かした無理のない設計となっている.また,客土や土地の極端な改変をおこなわなかったことにより,造成後の植生の回復が速やかにおこなわれた.また,もともと水底であった場所に水辺を造成したために,ゴムシートなどの人工的な漏水防止の措置をとることなく,安定した水辺を創出することができた.このことにより,抽水植物?浮葉植物?沈水植物といった移行を伴った,自然状態に近い豊かな水辺植生が再現された.
 この水辺ビオトープでは,植裁に先行して河北潟に現在残っている水生植物の調査を実施している.河北潟の湖岸植生の現状と河北潟の本来の植生についての分析をおこない,植生の遷移を想定した復元計画を立てた.植裁にあたっては,すべて河北潟周辺に自生する種と系統を用いた.また,本来の自生地への影響をできるだけ避けるため,前年度に種子を採集するなど最低限の採集にとどめている.また,池を造成した際に出た表土を有効に使ったことにより,この表土中に埋もれていた種子が発芽し,自然の遷移により湖岸植生が再生した.
 このビオトープは,こうした様々な配慮のもとに計画的につくられたものであり,復元型ビオトープの典型的な例であると考えられる.

おわりに
 現在,金沢市が金腐川河口に「こなん水辺公園」を造成するなど,大規模なビオトープづくりは今後県内で盛んに進められることが予想される.「こなん水辺公園」の造成の状況をみると,ビオトープ造成の手法としては非常に問題のある,環境を大規模に改変する大造成事業となっている.もともとあった湿地環境に厚い土盛りをして,完全に乾燥した更地にした上で,新たに土を掘り水辺の造成をおこなっている.この公園には,ミズアオイなどの希少植物を生育させることが計画されているが,この場所は造成がおこなわれる前年には,ミズアオイの群落があったことが確認されている(白井,私信).現在は荒地雑草の代表であるケイヌビエの大群落が形成されている.
 今後のビオトープ造成にあたっては,地域の生態的価値を高めるように,設計段階での十分な検討とともに,施工段階での設計概念の徹底が求められる.また,施工前後でのモニタリング調査の実施が求められる.

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